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【名馬列伝】JRA不世出の牝馬ウオッカ。“最高傑作”を生んだカントリー牧場の系譜<前編>
東京競馬場でのGⅠ開催のとき、筆者にはいつもとるルーティンがある。1レース前からスタンド3階か4階のスタンドに席を確保して、パドックを周回するメインレースの出走馬をじっくりと観察する。馬がパドックから出て行ったら小走りでコース側へと向かい、さらに返し馬の様子を眺めてから、3階の取材スペースへ行って、...
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【名馬列伝】ついに満場の祝福を受けたライスシャワー、しかし—— 最後の2走に刻まれた「勝利と死」のコントラスト<後編>
菊花賞でミホノブルボンを破り、待望のGⅠ制覇を成し遂げたライスシャワー。その後は有馬記念(GⅠ、中山・芝2500m)を8着として3歳のシーズンを終えた。 翌93年、春の目標を天皇賞・春(GⅠ、京都・芝3200m)に据えたライスシャワーは、短い休養を経て、2月の目黒記念(GⅡ、東京・芝2500m)で始...
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【名馬列伝】京都に咲き、京都に散ったライスシャワー。宿敵の三冠を阻んだ菊花賞はいかなるレースだったのか?<前編>
京都競馬場にはひとつのブロンズ像と、ひとつの石碑がある。 前者は、戦後初の三冠馬となったシンザン。後者は京都で三つのGⅠレースを制し、そして命を落とした稀代のステイヤー、ライスシャワーを悼んだ石碑である。 その悲劇的な死は、競馬ファンの胸にいまも抜けない棘のように刺さり続け、石碑を訪れて手を合わせる...
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【名馬列伝】「普通の牝馬じゃない、牡馬にも勝てる馬だ」名調教師を驚愕させたエアグルーヴ、“ぶっつけ”オークスで度肝を抜く強さ<前編>
2010年のアパパネ、サンテミリオンの同着優勝という日本のGⅠ史上唯一というレアケースが起こったために影が薄くなってしまったが、それまでレース史上に残る大接戦と呼ばれていたのが1983年のオークス(GⅠ、東京・芝2400m)である。...
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【名馬列伝】“坂路の申し子”ミホノブルボンの強烈な輝き! 「無敗のダービー馬」はなぜ悲劇的な敗戦を喫したのか?[後編]
1992年の初戦はスプリングステークス(GⅡ、中山・芝1800m)。捻挫で予定していたシンザン記念(GⅢ、京都・芝1600m)を使えなかったこともあって、競走生活でただ1度の2番人気に甘んじたが、彼はここで驚異的なレースを見せる。...
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【名馬列伝】坂路で鍛え上げられた“逃げ馬”ミホノブルボン。デビュー戦は致命的な出遅れも10頭以上を一気に——[前編]
1985年、JRAの栗東トレーニング・センターに画期的な調教場が造られた。傾斜を付けた路面にウッドチップを敷き詰めた「坂路(コース)」である。 JRAのオフィシャルサイトでは、『平坦なコースと比較してスピードが遅くても運動負荷をかけることができ、脚にかかる負担を減らすことができるのがメリットの一つ。...
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